大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和46年(ワ)1044号 判決

原告 星野富昭

右訴訟代理人弁護士 竹原重夫

右訴訟復代理人弁護士 徳永弘志

被告 日本国土開発株式会社

右代表者代表取締役 佐藤卓

右同 石上立夫

右訴訟代理人弁護士 桜木富義

右訴訟復代理人弁護士 山下勝彦

右同 南谷知成

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二三〇万円及びこれに対する昭和四三年一〇月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  主位的請求原因

1 訴外株式会社奥建設(以下奥建設という)は、被告との間に、香焼炭鉱々害復旧工事及び菖蒲谷災害復旧工事を請負っていたが、その工事代金は、おおよそ毎月二五日現在の工事出来高に対する分を翌月二五日に支払う約であったところ、昭和四三年九月三〇日現在の工事出来高は、右両工事を合わせて、金額にして一五三万三九四八円(以下九月分工事代金という)であった。

2 ところで原告は、昭和四三年九月二六日奥建設に金二三〇万円を貸付けたが、翌二七日、原告と奥建設との間に、福岡相互銀行後藤寺支店に設けられている原告名義の預金口座に、被告をして九月分工事代金から被告において立替支出した労務賃等を控除した残額を、その支払期日である同年一〇月二五日に振込ましめる方法により、原告が直接被告から右残額を取立てること、原告は取立てた右残額を自己の右貸付金の弁済に充当する旨の約が成立し、而して奥建設は、同年九月二七日被告に対し、右残額を右支払期日に右口座に振込むよう依頼し、被告は即日これを承諾した。しかるところ、原告と奥建設との間の右約定は、奥建設が被告に対して有する九月分工事代金債権の残額を原告に譲渡する趣旨であり、被告が奥建設の依頼に応じ、前記の口座振込を承諾したことは、奥建設の原告に対する右債権譲渡を承諾したことに外ならない。

3 よって原告は被告に対し、九月分工事代金残額二三〇万円及びこれに対する右代金の支払期日の翌日である昭和四三年一〇月二六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)  予備的請求原因

1 かりに被告の前記振込の承諾が、債権譲渡の承諾にあたらないとしても、原告が奥建設に二三〇万円を貸付けるに際し、あらかじめ奥建設に対し、被告の書面による九月分工事代金の支払高の明示及び右支払高を前記の通り口座に振込むことの承諾を求めたところ、奥建設の代表者訴外不動彰平(以下不動という)は、被告の使用人内海洋(以下内海という)に「出来高支払振込依頼証」と題する書面を提示して、同人より前記口座振込を承諾する旨の認証を受けたが、右認証を受けた際、同書面には九月分工事代金支払高の明記がないにもかかわらず、不動はその後ほしいまゝに右書面に支払高二三〇万円と記入してこれを原告に示し、内海は不動が右のような変造をしたことを知りながら、これを黙認し、しかも原告の右書面の真否についての問合に対し、右書面の記載が真実であるとの回答をしたので、原告は真実支払高が二三〇万円あり、その支払期日に右金額が右口座に振込まれるものと信じて、奥建設に二三〇万円貸付けたのである。ところで真実は二三〇万円の支払高はなく、そのため原告は右貸付金の弁済を受けることができなくなり、右同額の損害を蒙った。しかるところ、被告は建設業を営む会社であり、内海は被告の福岡支店の会計課長として平素固有の会計事務のほか、工事出来高証明書の発行等の事務を担当していたのであるから、内海の前記行為は、被告の事業の執行の範囲内にあるものというべく、従って被告は民法七一五条により右行為により原告の蒙った損害を賠償する責任がある。

2 よって原告は被告に対し、右損害金二三〇万円及びこれに対する不法行為後であって九月分工事代金の支払日の翌日である昭和四三年一〇月二六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(一)  主位的請求原因について

1 同第1項は認める。

2 同第2項のうち原告が奥建設に金二三〇万円を貸したことは不知。原告主張の約定が奥建設との間になされたことは争うが、奥建設から原告主張の振込依頼があり、被告が右振込を承諾したことは認める。しかし、これは奥建設から原告に対する九月分工事代金債権の残額の譲渡についての承諾ではなく、単にその支払期日に前記口座へ振込む手続を承諾したに過ぎない。而して、右残額は、被告が右代金債権のうち、昭和四三年一〇月九日、不動立会の下に奥建設に雇傭されていた労務者に対し、香焼工事関係労務賃金として六二万八七六一円、菖蒲谷工事関係労務賃金として三二万四三二四円支払ったので、その残額は五八万〇八六三円である。

(二)  予備的請求原因について

内海が被告の使用人であり、原告主張の認証をしたことは認める。同人が原告主張の変造を黙認し、又原告に対し原告主張の回答をしたことは否認。

三  抗弁(主位的請求原因2に対し)

1  不動は、昭和四三年一〇月一四日、口頭で被告に対し、原告主張の振込依頼を取消す旨の意思表示をした。そこで被告は、不動に右残額五八万〇八六三円を同日支払ったから、被告の奥建設に対する工事代金債務は消滅に帰した。

2  かりにそうでないとしても、被告は、九月分工事代金残額の支払日である同月二五日に、委任者を奥建設、受任者を原告とする右代金残額の代理受領の委任状の提示と共にする原告からの振込方請求があったときに、右振込をなすべき義務を負うものであったところ、原告は右委任状を提示して振込方請求することなく、右支払期日を徒過した。従って、もはや被告に右振込の義務はない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は争う。

2  被告主張の日に、被告主張の委任状の提示と共にする振込方請求が原告からあったときに、被告において右振込をなすことになっていた事実は認める。

第三証拠≪省略≫

理由

一  先ず主位的請求原因につき検討する。

1  請求原因1の事実については、当事者間に争いがない。

2  ≪証拠省略≫を総合すれば、昭和四三年九月二七日原告が奥建設に金二三〇万円を貸付けたこと、同日、原告と奥建設との間に、福岡相互銀行後藤寺支店に設けられている原告名義の預金口座に、被告をして九月分工事代金から被告において立替支出した労務賃等を控除した残額を、その支払期日である同年一〇月二五日に振込ましめる方法により、原告が直接被告から右残額を取立てること、原告は取立てた右残額を自己の右貸付金の弁済に充当する旨の約が成立したことが認められ、奥建設の代表者不動彰平が同日被告に対し、右残額を右支払期日に右口座に振込むよう依頼し、同日被告がこれを承諾したことは当事者間に争いがない。

3  ところで本件において、原告は、九月分工事代金一五三万三九四八円から被告において立替支出した労務賃等を控除した残額の支払を求めるものであるところ、被告は、右代金のうち昭和四三年一〇月九日、香焼工事関係労務賃金として六二万八七六一円、菖蒲谷工事関係労務賃金として三二万四三二四円支払ったので、その残額は五八万〇八六三円であると主張し、≪証拠省略≫によれば、右労務賃金支払の事実を認めるに難くない(≪証拠判断省略≫)から、右残額は五八万〇八六三円であることは明らかである。

4  ところで原告は、原告と奥建設との間の前記約定は、右残額を原告に譲渡する趣旨であり、被告が奥建設の依頼に応じ、前記の口座振込を承諾したことは、右債権譲渡を承諾したことに外ならないと主張し、一方被告は、右承諾は、債権譲渡についての承諾ではなく、単に右残額をその支払期日に右口座へ振込む手続を承諾したに過ぎないと抗争するので検討するに、前記1及び2において認定した事実と≪証拠省略≫を総合すれば、原告は奥建設に二三〇万円を貸付けるにあたり、前記残額債権をその担保とすることになり、その方法として被告との間に前記2で認定したような約をかわしたこと、そして奥建設の代表者不動彰平は、右約に従い、被告の会計課長内海洋に対し、「出来高支払振込依頼証」と題する書面を提示して、同人から前記2において認定した口座振込を承諾した旨の認証を受けたこと、内海は会計課長として以前にも何回か、下請業者が銀行等に金融を申込むにあたり、申込書に添付する書類として、これら業者に「工事出来高証明書」を発行したことがあり、不動の提示した前記書面も、原告から不動が金融を受けるために使用されるものであることを知っていたことが認められる。≪証拠判断省略≫而して、右認定のような方法は、委任受領と称し、第三債務者(本件においては被告)が信用ある場合には有力な債権の担保の方法として一般に用いられるところであるが、この委任受領は、債権者と債務者(原告と奥建設)との間の契約として全く債権質と同様な法律効果を生ずるもので、たゞ第三債務者(被告)に対しては債権の取立委任をした旨を通知する形式を採る点に多少の差異があるに過ぎず、その本質は債権質に極めて類似した取立権のある一種の無名契約若しくは債権質に準ずる性質を有する債権担保の目的のためにする契約と解するのが相当である。そして、被告が右委任受領に承認を与えたことは前認定の通りであり、之を要するに、原告と奥建設との間には、前記残額債権を以て前記貸付金の担保とし、債権質と同様の法律効果を発生せしめる契約があり、被告も右担保の趣旨を了解し、右振込をなすべきことを承諾したものであって、原告は債権質を設定した場合は、自己自身債権の取立をなし得るはもちろん給付訴訟の当事者ともなり得るのであって、本件の担保契約を殆んど債権質に類似する無名契約と解した場合でも、給付訴訟を当事者として提起しても単純な委任契約の受任者(非弁護士)が訴を提起する場合と異なり許さるべきものと解するのが相当であり、被告は右委任受領を承諾した以上、原告に対し右残額五八万〇八六三円を支払うべき義務を負うものといわなければならない。

5  そこで抗弁1につき判断する。

≪証拠省略≫によれば、奥建設は昭和四三年九月末頃、倒産状態となり、労務賃金も支払えなくなったので、前記3で認定した通り、九五万三〇八五円の労務賃金を被告において、九月分工事代金から支払い、その後同年一〇月一四日、不動が口頭で被告に対し、前記振込依頼を取消す旨の意思表示をしたので、被告は残額の五八万〇八六三円を不動に支払ったことが認められる。≪証拠判断省略≫しかしながら、債務の担保又は弁済の目的を以てする債権取立の委任契約あるいは金銭受領の委任が、受領した金銭を以て受任者(原告)に対する債務の弁済に充てる趣旨を以てなされたときは、委任者(奥建設)の一方のみで解除できない性質を有するものと解すべきであるから、不動が被告に対し、振込依頼を取消す旨の意思表示をしても、それは無効であり、被告は右残額支払をもって、原告に対抗できないものというべきであり、抗弁1は理由がない。

6  そこで進んで抗弁2につき検討する。

前記振込は、右残額の支払日である昭和四三年一〇月二五日に、委任者を奥建設、受任者を原告とする右残額の代理受領の委任状の提示と共にする原告からの振込方請求があったときに、被告において右振込をなすことになっていたことについては、当事者間に争いがなく、原告が右期日に、右委任状を被告に提示し、振込方請求したことは、原告において何ら主張立証なく、かえって≪証拠省略≫によれば、原告はいたずらに右期日を徒過し、右期日から二か月余も経過した同年一二月三〇日頃、はじめて被告に対し、振込について問合をした事実がうかがえる。右事実と、前記5で認定したように、右期日以前にすでに奥建設は倒産状態におちいり、被告において急きょ労務賃金を支払ったこと、奥自身が振込依頼を取消す旨の意思表示をしたこと、更に委任受領において、本件のように一定の日に委任状を提示することが定められている場合に、右一定の日を経過してもなお第三債務者である被告に、債権者である原告の支払方請求に備えることを期待するのは、被告の地位を不安定にし、被告にとってあまりに酷であること、等々を併せ考えれば、原告が右期日を徒過したことにより、被告の前記残額振込又は支払の義務は消滅したものというべきであり、抗弁2は理由がある。

二  そこで予備的請求原因について判断する。

1  内海が被告の使用人であり、同人が不動から「出来高支払振込依頼証」と題する書面の提示を受けて、それに前記口座振込を承諾する旨の認証をしたことは当事者間に争いがなく、右認証の際右書面には九月分工事代金支払高の明記はなかったにもかゝわらず、その後不動がほしいまゝに右書面に支払高二三〇万円と記入してこれを変造したことは、被告の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなすべきである。

2  しかるところ、原告は、内海が不動の右変造を知りながらこれを黙認し、しかも原告の右書面の真否についての問合に対し、右書面の記載が真実である旨回答したと主張するが、右主張に副う≪証拠省略≫は、にわかに措信できず、外に右事実を認めるに足りる証拠はない。してみれば、被告の使用者責任を問う原告の主張は、すでにその前提を欠き、その余の点について判断するまでもなく失当というべきである。

三  以上の次第で、原告の請求は理由がないことに帰するから、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 井野三郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例